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日本におけるお茶の飲料化

1950 年代後半~60年代にかけて、コーラなどの炭酸飲料、缶コーヒーをはじめとする缶飲料の発売、その後、70年代はファーストフード、コンビニエンスストア、自動販売機の誕生、普及によって食の多様化、洋風化とともに、“飲料の多様化、洋風化”も急激に進んでいきました。

このような中で、急須でいれるという手間のかかる緑茶は、若い世代を中心に日本人の生活から次第に遠ざかっていき、1975年頃から緑茶(リーフ)市場そのものが、急激に勢いを失っていきました。
このころから伊藤園は、“緑茶をいつでもどこでも、自然のままのおいしさで多くの人たちに味わっていただきたい”という思いで、緑茶の飲料化を目指し、研究開発を始めます。

一方で、油っこい食事に最適でしかも何杯でも飲めるお茶として“烏龍茶”が注目され始め、1979年には伊藤園が中国の烏龍茶を日本人向けにアレンジして製品化し、烏龍茶の一大ブームを起こしました。当時、緑茶飲料の開発を進めていた伊藤園は1980年に緑茶より先に烏龍茶の飲料化に成功し、「缶入り烏龍茶」の販売を始めます。ここに、日本におけるお茶(無糖茶)の飲料化の歴史が幕を開けました。

烏龍茶の飲料化を成功させた伊藤園は、1985年に、10年もの研究開発を経て緑茶の飲料化を成功させ、「缶入り煎茶」を発売しました。これによって、それまで家庭で急須でいれて飲むというインドア飲料だった緑茶を“いつでもどこでも飲みたいときに飲める”という簡便性や携帯性を備えたアウトドア飲料として世に送り出し、その後の日本の食文化に大きな影響を与えました。

缶からペットボトルへ

1990年に大容量の、1996年に500mlサイズの小容量のペットボトル入り緑茶飲料が登場すると、緑茶飲料の主要容器は缶からペットボトルに移行していきました。これは、キャップができるというペットボトルの利便性により飲用シーンが広がったためと考えられます。

ペットボトル入り緑茶飲料が普及することで、特に夏季の緑茶飲料の消費量が拡大しました。そこで、冬季の緑茶飲料の消費量拡大に目が向けられることになります。当時、温かい緑茶飲料の主流は缶でしたが、熱くなりすぎて飲みづらいという声が聞かれていました。そこで、通常のペットボトルとは異なる、温めることができるペットボトルを伊藤園は開発し、2000年、そのまま温めることができるペットボトル入り緑茶飲料が発売されました。

1980年代に誕生した緑茶飲料は今では日本人の生活に定着し、現在、国民1人当たりにすると年間で約18L飲まれるまでに浸透しました。お茶は、その時代の文化や生活に合ったスタイルを取り入れながら、日本の文化のひとつとして受け継がれています。

キャラクターイラスト 

緑茶飲料開発ストーリー

抽出した緑茶をそのままにしておくと、数時間後には褐変し本来の香味を失ってしまいます。これは茶の主成分カテキンが酸化するためで、緑茶飲料を缶に詰めて製品化する際の課題でした。伊藤園では、さまざまな試行錯誤のうえ、缶の中に窒素ガスを噴射し酸素を追い出す方法により、酸化を抑えて自然のままの味わいで製品化することに成功しました。

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